星になった王子様の話

彼女は少し疲れた顔で、カウンターに肘をついていた。
手にはショートカクテル。赤い液体・・・。
コアントローポリタン・・・。何の脈絡も無く、そう思った。


ほの暗いバーの照明が、彼女の端正な顔立ちをいっそう引き立てている。
憂鬱な夜に舞い降りた白鷺のように見えた。
声をかけるのを一瞬、ためらう。

綺麗だ・・・。


「あ、王子様」

突然振り返った彼女は、満面の笑みを浮かべて、そう言った。
私は、思わず声に出してしまったのかと焦ったが、どうやらそうではないらしい。
それにしても、この年で王子様と呼ばれるのは、どうも気恥ずかしい。

顔見知りのバーテンが、ニヤリと笑って姿を消した。


「来ないかと思ってた。」


カウンターの正面に向き直って、グラスを手に取る。
口角の上がった形の美しい唇に、グラスを運ぶ姿に見惚れた。

今夜はどうかしている・・・。




店のフロアは、大勢の客で賑わっていた。
ずっと、ずっと昔。まだ、私が私で無かった頃に時間を共有した仲間たち。


「ずっと待ってたんだ。でも、待ちきれなくて・・・。」


喧騒の中でも、彼女の声はハッキリと聴き取れた。
ざわめきが、遠のいていく。


「座ってよ。」


言われて初めて気がついた。彼女を見つけた位置から、動けずにいたことに・・・。
微笑みを返す余裕も無く、頭を振って隣に腰を下ろす。


「私の王子様は、お星様になっちゃった。でも、きっとまた会えると思ってたよ。」


私が彼女と同じものをオーダーするのを待って、彼女はそっと呟いた。

風の噂に、遠い場所で結婚して母になったと聞いた。
待ちきれなかった。とは、そのことを意味しているのだろう。


「幼い頃からずっと包まれてる気がしてた。護られてる気がしてた。
でも、独りで大丈夫だって思えた時、嬉しくって振り返ったら、あなたは居なかった。」


責めるでもなく、懐かしむでもなく、淡々と言葉を紡ぐ彼女。


私は、思い出していた。
彼女とは付き合っていたわけでも、何か特別な関係だったわけでもない。
ただ、とても大切に思っていた。
鉄棒の傍で、泣いていた。砂場の隅でうつむいていた彼女。
少年は、いつも見守り、ときに手を差し伸べ、大事に大事に包んでいた。


美しい花は、そこに咲いているから輝いている。

本当に願うのは、その輝きを失わないこと。

その美しさや、優しさを自分のものにすることではない。


少年の想いは、あの頃と変わらず、誰かを大切に想っている。

変化したのは、対象と、愛のカタチ。


「そろそろ行かなきゃ・・・。」


彼女の静かな声が、回想をかき消す。

彼女は立ち上がると、左手を差し出した。
そっと手を重ね、引き寄せるとドルチェの香がした。
彼女が握り返した薬指のリングが痛かった。


何事も無く時が過ぎていったわけではない。
お互いに、それぞれの道を歩んできた。

それが、今の彼女をつくった。
それが、今の私をつくった。

それだけのことだ。その苦しみも、喜びも、私には手の届かぬところにある。


タクシーに乗り込むと彼女は、微笑んで手を振った。
その唇が静かに動く。

見送りもせず、背を向けて歩きながら、繰り返す。

「サヨウナラ、オウジサマ…」

やっぱり、今夜はどうかしている・・・。

頭を振って、ネオンの街を歩き続けた。
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by leiji_loka | 2010-01-04 02:41 | word only

心に映る事象の記録


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